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高知地方裁判所 昭和59年(行ウ)4号 判決

原告 永田金利

被告 地方公務員災害補償基金高知県支部長

主文

被告が昭和五六年七月一日付けで原告に対してした地方公務員災害補償法に基づく通勤災害非該当認定処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  災害の発生

訴外亡永田祥子(以下、「祥子」という。)は、昭和五五年四月から高知県高岡郡越知町立明治中学校(以下、「勤務校」という。)に音楽担当の臨時講師として勤務し、学校行事の一環として、同年一一月一一日に開催される同年度高知県教育文化祭参加第一四回高岡地区小中学校音楽会(以下、「音楽会」という。)に勤務校の全生徒を出場させて自己のピアノ伴奏により合唱させることとし、その合唱の指導等を行つていたものであるが、同月八日午前九時ころ、佐川町の自宅から原動機付自転車を運転して高知市入明町のピアノ教師訴外吉岡勢津子(以下、「吉岡」という。)方に赴き、吉岡から音楽会のピアノ伴奏につきレツスンを受けたのち、午前一一時三〇分ころ原動機付自転車に乗つて同人方を出発し、午後一時から勤務校で行う予定にしていた右合唱の練習の指導をするために、吾川郡伊野町を経て同校に向かう途中、午後零時三五分ころ、高岡郡越知町黒瀬上八川口橋西約一〇〇メートルの県道のカーブ地点(勤務校から約一キロメートルの地点)で約九メートル下の桑畑に転落し、頭蓋底骨折等の傷害を受け、同日午後一時三五分ころ死亡した(以下、「本件災害」という。)。

2  被告の処分

原告は、祥子の実父であるが、本件災害は通勤により生じたものであるとして、昭和五六年一月二一日付けで被告に対し、地方公務員災害補償法(以下、「法」という。)に基づく通勤災害認定請求をしたところ、被告は、同年七月一日付けで、本件災害は通勤災害に該当しないとの認定(以下、「本件処分」という。)をした。

3  処分の違法

祥子が本件災害当日吉岡方でピアノのレツスンを受けたのは、学校行事に資するためであり、また、祥子は、右レツスン終了後、勤務校に午後一時までに到着しなければならず、一旦自宅に帰つてから勤務校に向かうことは時間的にも距離的にも無理であつたため、帰宅せずに勤務校へ直行していたものであるから、当日は、祥子が自宅を出発した時に通勤が開始したとみるべきであり、その後前記のとおり勤務校に向かつていたことは、合理的な経路及び方法による通勤の途上であつたというべきである。従つて、本件災害は、法所定の通勤災害に該当するから、これを認めなかつた本件処分は、事実の認定及び法の解釈を誤つた違法な処分である。

4  よつて、原告は、本件処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。なお、祥子は、昭和五五年一一月九日開催予定の佐川町芸能祭(以下、「芸能祭」という。)に個人として参加し吉岡の伴奏により独唱及び二重唱をすることとしていたものであつて、祥子が吉岡方に赴いたのは、その伴奏合わせをしてもらうためでもあつた。

2  同2の事実は認める。

3  同3の主張は争う。

三  被告の主張

1  法にいう通勤による災害と認められるためには、法二条二項の規定により、職員が、勤務のため、住居と勤務場所との間を、合理的な経路及び方法により往復する際に被災したものであることが必要である。また、法二条三項によれば、右往復の経路を逸脱し又は往復を中断した場合においては、その逸脱等の間及びその後の往復は通勤とされず、ただ、逸脱等が、日用品の購入その他これに準ずる日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により行うための最小限度のものであるときは、逸脱等の間を除き、この限りでないとされている。

2  これを本件についてみると、祥子が所属長を経て任命権者に提出した通勤届によれば、原動機付自転車を利用し佐川町の自宅から越知町越知を経由して同町鎌井田所在の勤務校に至る約一六キロメートルの経路(以下、「通勤届の経路」という。)を片道約四五分で通勤することとなつており、そのことは任命権者によつて是認されていたから、祥子の住居と勤務校との間を結ぶ合理的な経路は、通勤届の経路であるといわなければならず、祥子が請求原因1のとおり自宅から吉岡方へ赴きピアノのレツスンを受けたのち勤務校へ向かつた経路(以下、「本件経路」という。)の距離は約七〇キロメートル、所要時間はレツスン時間を含めて三時間三〇分以上であること、祥子は本件災害当日の午前中有給休暇を取つて吉岡方へ赴いているが休暇事由をピアノレツスンのためとはせず私用であるとして所属長に届け出ていること、所属長は祥子にピアノのレツスンを受けるよう命じてはいないこと等からすれば、本件経路は、通勤届の経路を大きく逸脱したもので、勤務に就くための合理的な経路とはいえないし、また、その逸脱が日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により行うための最小限度のものであるとも認められない。

3  以上のとおり、本件災害は法にいう通勤による災害とは認められないから、本件処分は適法である。

四  被告の主張に対する認否反論

1  被告の主張のうち、通勤届の点及び有給休暇の点は認め、本件処分が適法であるとの点は否認する。

2(一)  祥子は、非常に教育熱心であつたところから、音楽会を成功させるため、自己の担当するピアノ伴奏のレツスンを受けて研修することを主たる目的として、吉岡方へ赴いたものであり、このことは、有給休暇を取つた際、勤務校側においても、認識し又は認識し得た筈である。

(二)  そして、祥子が右研修のため公務出張の申出をせず有給休暇を取つたのは、身分の不安定な臨時教員の立場では右の申出をすることが周囲への気兼ねもあつて事実上困難であつたうえ、教育関係予算が少ない現状では当然公務の研修出張扱いとすべきものを教員の犠牲において自己都合による年次有給休暇で処理されていることによるものである。

(三)  このような事情に徴すると、祥子が有給休暇を取つて吉岡からピアノのレツスンを受けたことは、公務又は公務と密接に関連した行為というべきであるから、被告の主張は失当である。

第三証拠〈省略〉

理由

一  請求原因1(本件災害の発生)及び同2(本件処分の存在)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件処分の適否について判断する。

1  法二条二項によれば、通勤とは、職員が、勤務のため、住居と勤務場所との間を、合理的な経路及び方法により往復することをいうとされ、また、同条三項によれば、右往復の経路を逸脱し又は往復を中断した場合においては、その逸脱等の間及びその後の往復は通勤とされず、ただ、逸脱等が、日用品の購入その他これに準ずる日常生活上必要な行為をやむを得ない事由により行うための最小限度のものであるときは、逸脱等の間を除き、この限りでないとされているから、法にいう通勤による災害と認められるためには、右規定に係る通勤の途上に被災したものであることが必要である。そして、右の合理的な経路及び方法とは、通勤が、それ自体公務とはいえず、また、未だ使用者の直接支配下にあるものではないことに徴し、社会通念上、住居と勤務場所との間を往復する場合に、一般に、職員が用いると認められる経路及び方法をいうものと考えられ、通常は、職員が提出し、任命権者が是認した通勤届にかかる経路及び方法がこれにあたるというべきであるが、法所定の通勤災害補償制度は、通勤が公務の性質を有しない場合にも公務と同様に取り扱うものであること及び法二条二項の規定自体並びに同条三項の例外規定をあわせて考察すれば、職員が通常の場合と異なる経路及び方法により住居から勤務場所へ向かつた場合であつても、それが、当日行われるべき具体的な職務のために必要なことであつたと認められる場合には、やはり右の合理的な経路及び方法にあたると解して差支えないというべきである。

2(一)  これを本件についてみるのに、祥子が被告主張のとおりの通勤届を提出し、それが任命権者によつて是認されていたことは、当事者間に争いがないから、通常の場合における祥子の住居と勤務校との間を結ぶ合理的な経路は、通勤届の経路であつたというべきである。

(二)  しかし、成立に争いのない甲第三号証、甲第七号証の二ないし四、甲第八号証の一、二、乙第三号証の一、二、乙第四号証の五、乙第六号証の一一、一九、乙第八、九号証、乙第一二号証の三の二、乙第一二号証の七、証人山崎浩の証言により真正に成立したものと認められる乙第四号証の七、八及び乙第一二号証の四、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第五号証、証人吉岡勢津子、同永田茂子及び同山崎浩の各証言、原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。すなわち、勤務校は、昭和五五年一〇月一五日の職員会において、高岡地区市町村教育委員会連絡協議会及び教育事務所が後援して行つている恒例の音楽会に全生徒(三七名)による合唱部門で参加し、その合唱の伴奏と練習指導を祥子が担当する旨を決定した。右の練習指導の方法及び合唱曲の選定等については、勤務校は格別の指示をせず、音楽担当教員たる祥子に委ねられ、祥子は、合唱曲として「よさこい」及び「草原のわかれ」を選定したうえ、同月一六日からほぼ毎日男女別に三〇分ないし一時間にわたつて練習指導をしていた。当時、祥子は、音楽大学を卒業してはいたものの、声楽を専攻していたうえ、臨時講師としての勤務経験も一年程度にすぎなかつたことなどから、ピアノの演奏に習熟しておらず、特に右「よさこい」については、編曲の関係上、円滑に演奏できない部分があつたので、生徒に対する練習指導の実をあげ、音楽会の参加に際し、合唱の内容の充実をはかるために、あらかじめピアノのレツスンを受けることにした。もつとも、勤務校又は祥子の住居の近辺にはピアノのレツスンの適切な指導者がいなかつたことから、高知市内で指導者を求めるほかない実情であつた。勤務校は、同年一一月六日の職員朝礼において、音楽会の直前の土曜日である同月八日の午後一時から学校内で祥子の指導のもとに練習の総仕上げともいうべき男女合同の練習を行うことを決定した。祥子は、日程の都合上、右のレツスンを同月八日の合同練習の前に受けるのが適当と考え、同日、午前中に有給休暇を取り、高知市内の吉岡方に赴いてレツスンを受けたうえ、同所から勤務校に向かい練習の指導に当ることとした。本件経路は、原動機付自転車で佐川町(祥子の住居)から高知市に赴き、更に越知町鎌井田(勤務校)に至るものとしては、最短距離であり、一般的にも利用される経路であつて、その区間には、より便利で適切な交通機関はない。なお、祥子は、芸能祭に個人として参加し、吉岡の伴奏により独唱及び二重唱をする予定にしており、吉岡方に赴いた際、ピアノのレツスンのほか、右独唱のための音合わせも行つているが、これは、芸能祭の当日出演前に祥子方で行えば足りるものであり、レツスンの機会を利用して行つたものにすぎなかつた。以上の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  そして、右認定の事実及び当事者間に争いのない請求原因1の事実を総合して判断すると、祥子は、学校当局から音楽会に参加する合唱の練習指導の職務を命じられ、これを遂行するために吉岡方へ赴き、ピアノのレツスンを受けたものであつて、このことは、祥子の職務遂行に関し裁量の範囲内の行為といえるし、祥子が所属長に対して右レツスンに関し、教育公務員特例法二〇条二項所定の研修のための公務出張の申出をしたかどうかにかかわらず、学校当局からも期待されていたものと推認でき、その他、レツスンのため原動機付自転車で高知市に赴き同市から勤務校に向かつたことに不合理な点もないというべきであるから、祥子が本件経路を通つて出勤しようとしたことは、当日行われるべき具体的な職務のために必要なことであつたと認めるのが相当であつて、前記の合理的な経路及び方法にあたるというべきである。

3  従つて、本件災害は法にいう通勤による死亡にあたるといえるから、これを否定した本件処分は違法といわざるを得ない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 山脇正道 前田博之 田中敦)

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